ちとから散策

京王線、千歳烏山をテクテク歩いてみました

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日蓮宗 玄照寺

  玄照寺は慶長19年(1614年)忠禅院日延上人によって開山されたと言われています。

  日蓮宗玄照寺①

豊臣秀吉朝鮮征伐の時、捕虜として連れ帰った王子の二人の子供を自分の子として育てました。
この弟が日延上人であり、その姉は庭瀬藩主戸川肥後守の奥方となり、開山以来、代々信仰厚く現在に至るまで、檀家総代として寺門に尽くしているそうです。
玄照寺には、その戸川家代々の墓と子育鬼子母神があります。
本尊の日蓮大菩薩は、雨乞いの祖師として知られ、農家の人や女人の信仰が厚いそうです。
北烏山へは、震災後の昭和3年、芝白金三光町より移転して来ました。

 日蓮宗玄照寺③  日蓮宗玄照寺②

     日蓮宗玄照寺④

  この季節の玄照時には、もう一つの見どころがあります。

  日蓮宗玄照寺⑦
  なんとも美しいシダレザクラです。

  日蓮宗玄照寺⑤

  日蓮宗玄照寺⑥
  これは昨日の写真です。
  あと2~3日は、咲き誇る桜を楽しめると思います。

  所在地 / 世田谷区北烏山4-21-1

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先週末、チトカラ桜巡り

日曜日に烏山近辺の桜の見どころを、散歩がてら廻って来ました。

2013年チトカラ桜①
先ずは、芦花公園UR賃貸敷地内の烏山川緑道沿いの桜

2013年チトカラ桜③
毎年目を楽しませてくれる桜の名所です。

2013年チトカラ桜②
ここの桜も、樹齢55年位でしょう。

2013年チトカラ桜④
プレステージ芦花パークゴルフ練習場駐車場間の桜

2013年チトカラ桜⑤
世田谷文学館前の桜

2013年チトカラ桜⑥
新しくなった世田谷区立芦花小中学校の桜

2013年チトカラ桜⑦

2013年チトカラ桜⑧
学校に桜は良く似合いますが、今年の桜は入学式まで、持ちそうもありません。

2013年チトカラ桜⑨
都立芦花公園の桜と菜の花

2013年チトカラ桜⑩
都立芦花高校の桜

この後、祖師谷公園まで行くつもりでしたが、一緒に花見をしていた奥さんが「疲れた」と言い出したので、止む終えず烏山第一団地を通って帰宅しました。

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烏山第一団地の桜

今年の桜は早くも満開。 場所によってはかなり散ってしまった桜もあります。

2013年チトカラ桜⑪

解体工事が進んでいる烏山第一団地の敷地内には、桜公園とも呼ばれている、敷地南橋の公園内の桜の他に、単独で咲く数本の桜があります。

2013年チトカラ桜⑫

2013年チトカラ桜⑮
桜公園以外の桜は、公園内の桜よりも樹齢が幾らか若いように見えます。


2013年チトカラ桜⑬
桜公園の桜は、老木に見えます。
この団地が出来た時に植えられたとしたら、もう樹齢は50年以上でしょう。

2013年チトカラ桜⑭
セコムによる開発計画次第では、地域に親しまれたこの桜を、見られるのも今年が最後になるかも知れないですね。

2013年チトカラ桜⑯

桜

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烏山第一団地とも、ついにお別れです

  ついに烏山第一団地の最後の解体工事が始まりました。

  烏山第一団地解体③
前川國男事務所が設計に関った住戸タイプで、綺麗に改修されて唯一残っていた15号館も、ついに解体されてしまいました。

  烏山第一団地解体⑦
9号館は奥の一戸だけは改修され、最近まで人が住んでいたと思うのですが、いつの間にか引っ越していたようです。

  烏山第一団地解体⑥
9号館の一番手前の住戸の庭先には、ソメイヨシノが植わっていましたが、根元からバッサリ切られています。

           切られた桜①
           2008年4月撮影
 
  烏山第一団地解体⑤
  人が住んでいる気配が無かったのに、何故か残っていた8号館も、ついに解体です。

  烏山第一団地解体①
  1・2・3号館が既に基礎だけになってしまってから、もうかなり時間が経ちました。

  烏山第一団地解体②
  6・7号館の基礎。 右奥に見える黄色い建物が15号館、左に8号館が見えています。

  烏山第一団地解体④
  14・13号館

この土地はセコムが買ったと聞いたことがあります。
新しく建物が建つのは仕方ないですが、グローリオ蘆花公園のように敷地を囲って閉鎖的な場所になり、慣れ親しんだ桜公園の桜が見られなくなるのは残念です。
そうなったら、またセコムに対するイメージもまた悪くなりそうです。

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日蓮宗妙祐山幸龍寺

前回紹介した法華宗妙壽寺と並んで、日蓮宗妙祐山幸龍寺は最も規模が大きく、立派な寺院に見えます。

    日蓮宗妙祐山幸龍寺①
    幸龍寺山門
    徳川家の家紋、葵の御門が気になります。

  日蓮宗妙祐山幸龍寺⑥

徳川家康の祖母正心院殿日幸のもとめにより、浜松城外に寺を建てたことが始まりと伝えられています。
家康が、江戸入府ときに神田湯島に移り、のちに浅草に移りましたが、関東大震災で焼失し、昭和2年に北烏山に移って来ました。

  日蓮宗妙祐山幸龍寺④
  清正公堂

  日蓮宗妙祐山幸龍寺⑦
  手水舎の龍も迫力あります。  

  日蓮宗妙祐山幸龍寺⑤

山門を入り、すぐ右側の堂の中には、加藤清正に関するものが多く、賽銭箱は嘉永7年(1854)のもので、じゃのめの紋が大きくえがかれています。
また長谷川雪堤書の銘のはいった「清正公出陣の図」など貴重なものがあります。
墓地には長谷川家の墓、小笠原元子爵家の墓地等があるそうです。

  日蓮宗妙祐山幸龍寺②
  鐘楼

  日蓮宗妙祐山幸龍寺③

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四川麺条 香氣

千歳烏山駅前通りと旧甲州街道の交差点。 交番の直ぐ裏に新しくラーメン店がオープンしました。

               四川麺条香氣
               四川麺条 香氣

新しくラーメン店が出来たと聞いて、奥さんと一緒に食べに行ったのですが、四川とは知りませんでした。
僕の奥さんは辛いのが苦手なので、この日は食べるのを諦めました。
改めて、息子とでも行ってみたいと思います。

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法華宗妙壽寺

  きょうは烏山寺町に在る法華宗 妙壽寺を紹介しましょう。

  法華宗妙壽寺①
  法華宗 妙壽寺                      所在地 / 世田谷区北烏山5-15-1

  門構えも銀杏の巨木も大変立派ですが、境内に建つ建物も大変立派なものでした。

妙壽寺は寛永8年(1631年)に、江戸谷中清水町に開基した法華宗本門流の寺院で、寛文2年(1662年)には深川猿江村に移り、後に猿江村鎮守稲城社別当となり、寛禄4年(1691年)には合併しています。
関東大震災での焼失後、北烏山のこの地に移転しました。

        先ずは本堂から
        法華宗妙壽寺⑥
        敷地の奥に建つ鉄筋コンクリート造の大変大きく立派な本堂です。

  この立派な本堂よりも、是非紹介しておきたい、凄い建物が在るのです。

  法華宗妙壽寺⑦
  妙壽寺客殿

  法華宗妙壽寺③

  法華宗妙壽寺⑨
  一目で、この思わぬ建物との出あいに、僕の眼は釘づけになってしまいました。

  法華宗妙壽寺⑧
京都にでも在りそうな建物ですが、関東大震災後に妙壽寺が北烏山に移転したさい、港区麻布台の鍋島家邸宅に在った2階建の和風住宅 ( 明治37年築 ) を、昭和2年にこの地に移築して庫裡とし、平成7年からは庫裡を新築した別棟に移し、この建物は客殿とされています。

  法華宗妙壽寺⑩

  法華宗妙壽寺⑫

  法華宗妙壽寺⑪


  さらに境内の見どころは、客殿本堂だけではありません。

  法華宗妙壽寺②

        法華宗妙壽寺④
        太田近江大椽藤原正次郎作の梵鐘
 鐘には大正12年の関東大震災のおりの猛火により、破壊された跡が痛々しく残っています。

  法華宗妙壽寺⑤

 
  法華宗妙壽寺⑬
 
  法華宗妙壽寺⑭

        法華宗妙壽寺⑮

        山門横の銀杏の巨木も見事でしたが、この竹林も見応え十分です。      

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